大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)552号 判決

控訴代理人は「原判決を取り消す。控訴人が被控訴人に対して金九万円の当座預金債権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対して金八十四万円及び昭和二十六年十月十三日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。被控訴人は控訴人の指定する東京都下発行にかかる朝刊及び夕刊新聞紙各二種を限り別紙<省略>記載の控訴人の名誉毀損に対する謝罪広告文を、見出し新聞活字四ポイント、本文新聞活字八ポイント使用、各紙とも第一面下段最右端に二段にわたり、各紙に一回宛合計四回に分ち被控訴人の費用を以つて掲載せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において「株式会社千代田銀行は昭和二十八年七月一日からその商号を株式会社三菱銀行と改めた」と述べ、被控訴代理人において、右の事実は認めると述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

<立証省略>

三、理  由

控訴人は、昭和二十四年七月八日被控訴銀行(もと千代田銀行と称したが昭和二十八年七月一日商号を現在の商号に改めたことは当事者間に争いがない)三崎町支店に開店後間もない頃店員田中秀司を使として現金九万円を控訴人の当座預金口座に預金し、さらにその一、二時間後に控訴人自身が現金九万円と金額四千六百九十三円の小切手一通を右口座に預金したと主張するものである。これに対して被控訴銀行においては、同日控訴人の当座預金口座に現金九万円と金額四千六百九十三円の小切手一通とによつて合計九万四千六百九十三円の入金のあつたことは認めるが、同日その外にさらに現金九万円の預金があつたことはないと抗争する。よつてはたして、控訴人が被控訴銀行三崎町支店に控訴人主張のようにさらに金九万円の預金をしたものであるかどうかを調べてみる。

この争点を判断するにあたつて重要な資料として控訴人の提出した成立に争いのない甲第二号証の一、二(被控訴銀行三崎町支店の発行した当時の控訴人名義の当座勘定入金控)には、昭和二十四年七月八日三崎町支店における控訴人の当座預金口座に金九万四千六百九十三円(この当座預金については争いがない)の外に、さらに金九万円(これが本件において問題とされている)の預入入金があつたような記載がある。

ところで、当時の被控訴銀行三崎町支店における当座預金取扱の実務についてみるに、成立に争いのない乙第一号証ないし第七号証、原審並びに当審証人石橋シナ、同川島三郎原審証人宮下八郎同岩崎博当審証人嘉代高義の各証言を綜合すると、「当座預金者は現金または小切手とともに入金帳(「当座勘定入金票」と表記した甲第一号証と同じもの)を銀行の収納係の窓口に差し出す。この入金帳は預金者の手許に残る入金控(甲第二号証の一、二と同じもの)と銀行に渡す入金票(乙第七号証と同じもの)とからなり、この二枚は切り離し入金票は預金とともに銀行に渡るもので、この二枚は夫々預金者が金額を記入するのであるが、便宜収納係が預金者に代つて金額を記入することもある。そして、もし現実の預金額が入金帳の記載と一致しないときは、直ちに預金者に訂正させるかまたは収納係が代つて記入した場合も同様直ちに預金者の諒承を得た上で誤記の分は消印をおし、新に入金控と入金票に正確な金額を記入する。いずれの場合にも収納係が入金帳の記載と預金額を照合して間違いのないことを確認した上、入金控と入金票に三崎町支店の銀行印をおし、入金控と接続している入金票を切り離し、入金控は預金者に対する預金受領の証として預金者に返し、入金票と預金を収入元方に廻す。時には、預金者が金額を記入しない入金帳と預金を窓口に置いたまま帰つて了うことがあるので、このような場合には収納係が前記のように入金控と入金票を作成し、入金帳は収納係が保管する。もし、この場合収納係が預金額を誤記したような場合は直ちに預金者に連絡して訂正する。かようにして正確な預金額を記入した入金票と預金を収入元方に廻すと、収入元方はさらに入金票の記載金額と預入にかかる現金等を調査し、間違ないときは入金票に収入元方の印をおして収入帳(乙第四号証)にその入金を記入した上、入金票を預金係に廻し、この伝票に基いて預金者別に作成された当座預金元帳(乙第一号証)に記入し、次で、伝票は預金係から計算係に廻り日記帳並びに総勘定元帳に記入せられる順序であつて、日日の預入現金と手形類はその日のうちに現在高を収計して手許在高帳(乙第三号証)に記載し、他の諸帳簿の記載との計算上の相違のないことを確めてその日の事務を終了することになつている。」ことが認められる。

このような方法によつて記帳、入金されることからみると当座勘定の預金者にとつては、その者が所持している当座勘定入金控の記載が預入の唯一の証明であるから、預金者の側からみれば、その預金者の所持している当座勘定入金控の記載金額は一応預金されたものと認められなければならないわけである。ところが、本件においては、被控訴銀行は「控訴人が昭和二十四年七月八日金九万円(小切手とともに入金した九万円以外のもの)を入金した旨が控訴人の所持する被控訴銀行三崎町支店の当座勘定入金控(甲第二号証の一)に記載されているのは、誤記であつて、元来抹消さるべきものを同支店収納係が抹消を忘れてそのままにしておいたためである。」と主張するので、はたしてこのようなことがあつたかどうかを調べてみる。

前掲乙第一号証ないし第七号証並びに前掲証人石橋シナ、川島三郎、宮下八郎、岩崎博、嘉代高義の各証言を綜合すると、「昭和二十四年七月八日午前十時頃被控訴銀行三崎町支店の収納係をしていた石橋シナは控訴人の使として来行した田中秀司から控訴人の当座預金として現金九万円及び小切手額面四千六百九十三円の入金を受け取るにあたつて他の収納係とともに計算をする際その現金のみを勘定して現金九万円のみの入金と思い違い、控訴人の当座勘定入金控(甲第二号証の一)及びこれに連結の入金伝票に石橋シナが田中秀司に代つて各九万円の数字を記入して収納済の同銀行三崎町支店印をおし入金伝票を右の現金九万円等とともに同銀行収納元方の川島三郎に交付した。その際石橋シナは田中秀司に対し預金の数額を確めなかつたので(現金勘定の中田中秀司の姿は見えなくなつた)現金九万円の外に額面四千六百九十三円の小切手のあることに気が付かず、右小切手の金額を入金票及び入金控に記入することを忘れたため、収入元方の川島三郎からその訂正を命ぜられ入金票を戻された。ところでこのような場合に小切手金額だけの入金票は作成しないことになつているので、石橋シナは前の金九万円の入金票を屑籠に捨て、別に前記の入金帳を利用して小切手の金額を合計した金九万四千六百九十三円の入金票(乙第七号証)と入金控(甲第一号証の一)を作成し、入金票を入金控から切り離し、これと現金及び小切手を収入元方に廻し入金の手続をした。ところで、さきに作成した、入金票、入金控は誤記であるから、直ちに控訴人の諒承を得て、入金控と入金票に消印をおして抹消しておかなければならなかつたのに、うかつにも、入金票は前述のように廃棄したけれども入金控の記載を抹消することを忘れ、そのまま、控訴人に交付されたため、控訴人所持の入金控には金九万四千六百九十三円の外に、金九万円の入金があつたような記載が残つたものである。その後、同月十三日控訴人が自身で三崎町支店に来て当座預金元帳の照合をして右金九万円の記載洩を指摘したので、同支店では、屑紙を調べ漸く翌朝石橋シナが捨てた前記九万円の入金票を発見したので、これを控訴人に示し前記の経緯を説明して諒承を求めたが控訴人の諒解するところとならなかつた。右金九万円の入金票には石橋シナのおした同支店の収納係の丸印のみあつて、収入元方の川島三郎その他関係係員の印はおしてなかつたが同年八月二十日過頃本件が神田警察署で問題となり未解決に終つたけれども、その後そのまま時日を経過したので出納係長の岩崎博が昭和二十五年一月転勤の際再びこれが問題になることはないものと考え、右入金票を破棄した。また昭和二十四年七月八日閉鎖時における同支店の手許在高帳の現金現在高は金三百八十四万四千百八円四十六銭であつて収入係保管の現金と一致し、収入元方においては右の外に客から現金の預金を受けていない。」ということが認められる。

もつとも叙上の認定については、特に金銭の出納その他計算関係において正確を期する銀行業務において、殊に被控訴人のような一流銀行において、このような過誤は通常予想し難いところであるという観点から、前段の認定を批議する所論も考えられないこともない。しかしながらその立論を是認するためには収納係担当者その他同行員の不正を想定するか、もしくは同銀行における各帳簿の記載に過誤あることを前提としなければならない。ところで前段認定のように、預金の取扱方法は事故を防止するために慎重な方法が講ぜられ、また、当時の三崎町支店は仮営業所のため非常に手狭であつた(このことは成立に争いのない甲第六号証の一ないし七によつて窺われる)とはいえ、前掲各証人の証言によると、当日は収納受附窓口には石橋シナとその対席の高田某が預金の受付を担当し、その隣席に各一名の補助者が収納事務の補助にあたり、その机に接して収入元方の川島三郎が位置しており、窓口の収納係が客から受け取つた現金等は席を離れることなくそのまま収入元方に交付されかつ窓口の右四名は同日午前中各自の席を離れなかつたことなどが認められる。以上のような入金記帳手続、係員の配置、係員の執務状況及び前段認定にかかる被控訴銀行三崎町支店における預金取扱に関する銀行業務の実態などから考えると収納係担当者その他同支店行員が控訴人主張の金九万円の預金の金について、これを不正に領得をはかつたとか、もしくは同行員等が各帳簿上の記載に過誤をおかしたものとはとうてい考えられない。従つて、前段の認定については、当裁判所としては真実に合致するものと考えざるを得ない。

しからば甲第二号証の一の金九万円の入金の記載は控訴人主張のように真実右金額の入金があつたからではなく、三崎町支店収納係が被控訴人主張のような誤つた入金票、入金控を作成したのであると認めざるを得ないから、前掲甲第二号証の一もまた控訴人の主張事実を明認するに足る資料とはなし難い。その他前段認定を覆し控訴人の主張事実に副う原審並びに当審における証人田中秀司の証言並びに控訴人本人の各供述はいずれも当裁判所として控訴人の主張事実を肯定さす心証を惹起するに足りない。控訴人提出、援用にかかるその余の証拠によつても控訴人主張事実を明認するに足りない。

従つて、控訴人がその主張のような預金債権を有することは当裁判所として肯定することができないから、その存在を前提とする控訴人の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がない。してみると控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 町田健次)

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